山形ビエンナーレ2016」会期中の毎週日曜日、七日町御殿堰緑地で開催されたアートの市「芸術界隈」には、山形県内各地で活躍する作家が集結した。出品者のひとり、フランス人陶芸家のブルーノ・ピーフルさんは、山形県北の大石田町郊外にある自宅兼窯で作陶をつづけて30余年になる。暮らすこと、つくること、売ること--ひとつひとつに丁寧に向き合い、作家としての生き方そのものが<作品>といえる人物だ。
1957年、フランス西部のル・マンに生まれたブルーノさんは、フランス中部の都市シャルトルで陶芸修行を積んだ。日本の陶芸に魅せられ、1980年に来日した後、栃木県・益子で陶芸家の島岡達三氏に師事。足で蹴って回しながら、器づくりができる「蹴りろくろ」を習得した。大石田町で長年愛用している薪窯の建て方も、この時に学んだ。
益子で2年間の修行を終えた後、陶芸向きの土が採れる土地を探して、日本各地を旅した。大石田町を知ったのは、もともとガラスの原料となる天然硅砂の産地であったから。ガラスも、陶器も、鉱物や粘土を高温で熱することでできあがる。ガラスの原料が採れる土地なら、陶土も見つかるはず--その読みどおり、大石田町でよい陶土にめぐり会った。
家族とともに大石田町に移り、友人たちと一緒にセルフビルドした石造りの自宅は、ヨーロッパの片田舎の趣き。薪ストーブの煙突からあたたかい煙がのぼり、ずっしりとぶ厚い切石を積み上げた壁を、濃い緑の蔓(つる)植物が包みこむ。窯と工房は庭の一角にしつらえた。食卓にのぼる野菜は畑で育て、卵は裏庭で鶏が産んだもの。そうして大石田町で暮らしながら、作陶をつづけている。
日々つくりためた作品は、年2回の窯焚きで焼成する。コーヒーカップ、一輪挿し、プレート、蓋物、水差し、水瓶。多種多様な器とともに、海や山の動物から想像上の生き物まで、自由気ままにかたちにする。しかしオブジェではなく、生活に取り入れられ、使われるモノをつくる、という信念は変わらない。生き生きとした陶の動物もそれぞれ、貯金箱だったり、一輪挿しだったりと、ひとつひとつに「用」がもたらされている。炎の状態によって変化する窯変や、自然釉の素朴な色合いをもつブルーノさんの作品には、長年のファンも多い。
フランスからはるばるたどり着いた日本で、つくること、生活することを両立させながら、大石田町に根を下ろしたブルーノさん。「いつか大石田町が、陶芸の町になるといい」と語る。陶芸家のいなかった大石田町に窯を持った、彼の夢だ。町の子どもたちにも陶芸に親しんでもらおうと、毎年自ら陶芸教室をひらいている。半年後、焼きあがった作品を手にする子どもたちの笑顔が楽しみだ。
「芸術界隈」の日曜日、澄み渡る秋空の下に並べた作品をひとつひとつ、誇らしげに来客に紹介するブルーノさんの姿があった。山形で、作家として生きることの豊かさと広がりそのものを、語るかのように。