山形市で2年に一度開催される「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ」(主催:東北芸術工科大学)は市民参加型の芸術祭。そのビエンナーレの企画のひとつである「市プロジェクト2017」では、半年間にわたって県内の社会人や学生、山形県出身者、山形・南東北のクリエイターたちとの研究会を定期的にひらきました。
東京・銀座の森岡書店代表、森岡督行さんが講師をつとめた研究会「畏敬と工芸」では、2011年の東日本大震災で東北の生活が一変したことから、人と自然の関係を見直そうと、古くからの自然への畏敬の念が落とし込まれた工芸品をリサーチしました。
とんがりビルの多目的スペース「KUGURU」で発表された「畏敬と工芸」の展示には、市民研究員が集めたさまざまな工芸品がところ狭しと並びました。「蛇」のとぐろをかたどったとされる供え物の鏡餅、蛇の目模様の盃や和傘といった、人と身近な野生動物との関わりを見せるもの。子どもの健康と成長への祈りが込められた魔除けの刺繍「背守り」、衣服の装飾であり悪霊の侵入を防ぐ「釦(ぼたん)」、「水引」や「編み南蛮」などの魔除け、穢れを清める「箒」など、工芸品から読み解かれる念には、災いを避けるためのものが多いようです。
厳しい寒さをのりきるため、ひと針ひと針丁寧に縫われた山形県の「庄内刺し子」、樹皮を活用した「樺細工」、伝統工芸品の「曲げわっぱ」、ぜんまいの綿毛を繊維とした「ぜんまい織り」、山形県内の養蜂家のつくる「蜜蝋キャンドル」、山仕事に欠かせない「刃物」など、知恵と技術の詰まったものづくりもまた、人が東北の自然と向き合う中でつくり出されました。
山形県最上地方で男子の誕生にあわせてつくられ、神社に奉納される「山の神人形」、山形県鶴岡市・出羽三山神社ゆかりの神聖な「羽黒鏡」、縁起物である宮城県の「松川だるま」といった信仰にまつわるものから、かつて農家の大切な労働力だった「馬」をかたどった供え物や置物、「鈴」や「俵」など生活に身近なものまで、私たちの祖先が自然への畏敬を込めた工芸品はさまざまです。しかし、そのもともとの意味は普段は見過ごされていたり、忘れられていることも多いのです。例えば、竹などを編んだ籠の編み目をよく見ると、「六芒星」の形をしています。これは魔除けの模様ですが、知っている方は少ないのではないでしょうか。
山形県米沢市の民芸品としてよく知られた「お鷹ぽっぽ」は、「笹野彫」と呼ばれる削り掛け(木を刃物で薄く削ぎ加工する技法で作られたもの)の一種。かつて、この地域に住んでいたアイヌ民族から教わったと伝えられています。まだ雪に覆われた東北の春の彼岸に、生花の代わりに供えられた「笹野花」は繊細な削り掛けの花。日本列島に広く分布していた細工物ですが、ここ数年で急激につくり手が減り、消滅してしまった地域が多いそうです。
古くから、畏敬は模様や柄として形式化されることで、同じ思いを持つ人たちの間で共有されてきました。伝統芸能である獅子舞の胴体の部分を覆う布「獅子幕」にはさまざまな模様が染められます。水災が多い地域では波しぶき、雨乞いには水玉、子孫繁栄・豊作祈願にはくるりとカールした獅子毛と、環境や自然条件の異なる地域でそれぞれ、自然への敬いが模様として表されているのです。こうして模様や柄が形式化され、広く人々に受け入れられてきた様は、現代の優れたデザインの仕事にも通じるものがあります。
市民研究員として参加した方々は、研究会活動に参加するうち、普段の生活の中に今なお残る祖先の畏敬に目がとまるようになった、と話しました。畏敬の念の落とし込まれた工芸品を再び見つめ直しいとおしむことが、祖先の祈りや願いを蘇らせ、今の私たちと自然の関係を見つめ直す糸口となるのでしょう。
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※本稿は、新しい視点でローカルを発見し紹介していくサイト「real local山形」のご好意により、2018年1月16日掲載のイベントレポートを転載させていただきました。
https://reallocal.jp/47816