{ インタビュー }

山姥の幟がはためく下に
吉田勝信・稲葉鮎子(アトツギ編集室/山姥市ファシリテーター)
人でにぎわう文翔館の前庭に吹く風に、山から採ってきた植物の蔓や樹皮が揺れる。屋根と柱だけの竹小屋でつくられた市。そこに並ぶ表情豊かで力強い山のモノたちを手に取れば、縄文から脈々と続くみちのくの手仕事にたどり着きます。後継者が減り、山の技術がわたしたちの暮らしから遠のくなか、アトツギ編集室と市民有志は、これからのものづくりを考えようと、山形の土地に根付く手仕事を伝承・交易させる市をひらきました。地域の先達(センダツ)を訪ねて山野に分け入り、素材の採集やつくる技術を継承した彼らが、交換のはじまりの場所「市庭(いちば)」で試みた、これからの交換のかたち。

アトツギ編集室の皆さんがファシリテートした「山姥市」についてお聞かせください。
吉田 「山形ビエンナーレ[注1]」会期中の毎週土曜日、文翔館の前庭に「山姥市」を立て、山の手仕事を伝える市をひらきました。立ち上げは、東北芸術工科大学が主催した「みちのおくつくるラボ[注2]」で、僕たちが担当したラボで山の土産物である「山苞(ヤマヅト)」をつくろうとしたことがきっかけです。ラボでは、山の手仕事に興味がある市民の方々と一緒に、アケビやガマ細工を生業とする80代の先達から、山で素材を採集する技術とそれらを使って形にしていくまでを教わりながら、山のものづくりと交易について考えました。つくるプロセスを経験したので、次は市を通してどうモノが動いていくのかを実践できたら面白いと思ったんです。ラボから継続して参加した市民を中心に、「山姥座」という有志の会を結成し、市を運営しました。
稲葉 「山姥市」は、モノを交換する売買の場と、技術を交換するワークショップの空間から構成されます。売買の場では、木地師など山の手仕事を生業とする先達がひらく「センダツの店」、先達から技術を受け継いだ若い職人たちによる「アトツギの店」を円形に並べ、臼や杵、まな板、茶筒、こけし、アケビ細工などを販売しました。また、先達から受け継いだ技術を伝えるワークショップ「山の口」では、山姥座のメンバーが主体となり、来場者の皆さんと共に蔓や樹皮などの自然素材でモノをつくりました。メンバーには、山の素材を使ったものづくりを生業にしている方もいますが、それぞれ別に職業を持つ人がほとんどです。月1回の会議の他、週末を中心に山姥座のメンバーと山に入り、素材を採集する技術、そしてつくる技術を習得しました。

売買を目的とする空間で、ワークショップという手法にしたのはなぜでしょうか?
吉田 ラボを通じて山から採集する技術を身に付けたことで、山を素材として捉えるなど多面的に見ることができるようになったメンバーが多かったことから、山の手仕事の技術を伝えながら、日常の風景が変わる瞬間をワークショップを通じて共有できたら面白いのではないかと思いました。
稲葉 伝えるだけでなく、私たち自身も何か教えてもらえる場になり得るのではないかという期待もありました。実際に、自分の地域ではこういう素材でつくっていたなど、知恵の交換が起こっている光景を見ることができました。そうしたコミュニケーションが生まれたことは、山姥座のメンバーも手ごたえがあったのではないかと思います。

文翔館の歴史的な建造物と竹小屋とのコントラスト、市がある日だけはためいた幟(のぼり)など、限定的に立ちのぼる風景も印象的でした。幟や露店のタープの模様にみられるグラフィックデザインもこの市の象徴でしたね。
吉田 幟やタープに用いたうねうねした模様は、「削り花」をモチーフにしています。お鷹ぽっぽや山人の杖の先っぽのささくれなどもその一種で、神様の依り代とされるものです。市の名称である「山姥」という言葉もそうですが、山形の暮らしに古くから培われてきた民俗性が視覚的に立ち上がって見える市にしたかったのです。市はもともと市庭(いちば)=市と呼ばれ、山人の使う杖や持ってきた山苞などと、里の人々が持ってきたモノとが交換された場所でした。初市や植木市をはじめ、県内各所に古くから続く市の文化が今も息づいているので、市の設計を担当してくださった建築家の井上さんとも各地の市を読み解きながら、形づくっていきました。

実際にやってみてお客さんの反応はいかがでしたか?
稲葉 売られているモノやその背景ひとつひとつを見てくれる方が多くて嬉しかったですね。首都圏からの来場者は目新しそうに見てくださる方が多かったですし、街中が会場だったので、市内に住む年配の方も多く遊びに来てくれました。山形の人はつくり方は知らないけれど、アケビやガマ、これはクルミの中でもオニグルミだろうとか、山の素材に対して言葉を持っている方が多かった印象です。あとは、ギャラリーやセレクトショップのオーナーと出店者との間で取引やオーダーが生まれ、その場だけでなく継続的な関係がつくれたことも成果ですね。

今後はどういった活動を展開していきたいですか?
稲葉 まずは続けてみたいです。山と向き合いながらモノをつくることと、私たち自身の技術をブラッシュアップしながら、同じ思いを持つ人とつながり続けていくことで、私たちなりの交換のかたちを見つけていきたいと思います。
吉田 市をひらいたことで、人やモノ、技術など様々なものが動きました。ワークショップも多くの方にご参加いただき、出店者の売り上げも良く、なにより山のものづくりに携わる方が県内に一定数いることがわかりました。モノが動くということはニーズがあるということなので、その光景を見れたことは今後につながると思います。今後は現状の流通に対して問題提起していくということもそうだし、山のものづくりを集めた見本市のような取り組みにも挑戦してみたいですね。

( 2016年11月15日/まなびあテラスにて )

[注1]山形ビエンナーレ
「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ」は東北芸術工科大学主催により、山形市中心市街地で2年に1回開催する現代芸術の祝祭。芸術監督は荒井良二。今年で2回目となった2016年秋は、国の重要文化財「文翔館」をはじめとする歴史的建造物を主な会場とし、9月3日から23日間にわたり、45組のアーティストがアート・音楽・文学・ファッション・料理など多彩なプログラムを展開した。開催テーマは「山は語る」。「市プロジェクト」もプログラムのひとつとなった。 http://biennale.tuad.ac.jp
[注2]みちのおくつくるラボ
「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ」に向けて、山伏や絵本作家、デザイナー、山形の老舗和菓子店、木工家具会社など多岐に渡る講師陣を招き、市民と共に様々なプログラムを実施したコミュニティスクール。参加した講師や市民がその後「市プロジェクト」に参加するなど、このプロジェクトの契機になった。2013年から2015年まで3期行われた。