{ 座談会/対談 }

山姥講─山形のことやモノづくりを基層から見つめ直す勉強会(2)
鶴岡真弓(ケルト芸術文化研究家、多摩美術大学芸術人類学研究所所長・教授)
アトツギ編集室(「アトツギ」をテーマに活動するリトルプレス)
山形と同じブナ帯の自然環境に育まれたケルト文化。その研究の第一人者であり、山形にも縁のある鶴岡氏をお招きし、文様や編み目、織り目、表面にこそ立ち現れる人間の精神についてお話しをお聞きしました。

視座の螺旋─ケルトと山形、表象と表面
ケルト芸術文化研究家・鶴岡真弓さんと読み解く、文様・編み目・織り目の精神世界

10月22日、東北芸術工科大学主催「市プロジェクト・ウィークエンド[第1期]」のプログラム「山姥堂」(企画:アトツギ編集室)で、ケルト芸術文化研究家で多摩美術大学・芸術人類学研究所所長・教授の鶴岡真弓さんの座談会「視座の螺旋─ケルトと山形、表象と表面」がひらかれました。

前々日に同会場のとんがりビルでひらかれた〈食〉研究工房・林のり子さんの座談会では、山形と同じ自然環境を持つ国々との感性や文化の共通点に焦点を当ました。鶴岡さんの座談会では、山形、東北というローカルな視野を拡張し、自然環境が近しい文化圏で、特に類似性の見られる文様や編み目、織り目などの装飾に表象される人間の精神について学ぼうと企画されたものです。

鶴岡真弓さん

文化に表象される、人のこころ

鶴岡さんは長年、ケルトの芸術文化を研究されてきました。ケルトとは、古代ヨーロッパで、国を持たず部族ごとにヨーロッパ中央から西部にまで居住していた人たちです。農耕・牧畜技術を持ち、紀元前8世紀のヨーロッパに高い鉄器文化を形成しました。西はアイルランドから、東は現在のトルコ領、北はベルギーから南はスペイン・イタリアまで、広範囲に展開したケルト人がもたらした文化や芸術はいまなお、ヨーロッパ文化の基層として各地に見られます。

ケルト人の特徴的な精神文化が「生命循環」の思想です。生と死、そして再生の途切れなき〈めぐり〉であり、それを表象する渦状の文様や造形は、ケルトに限らずユーラシア大陸の多くの民族文化に見られる装飾なのです。日本でも、神道以前の古層文化には「シャーマニズム」や「アニミズム」の自然信仰で、精霊や霊魂などの存在が信じられてきました。

人が狩猟や漁撈をおこない、「生きとし生けるものの生命」を奪い生きていくなかで、生と死の道筋をつなぎ、次の再生へと魂を導いていく儀式や作法が「自然信仰文化」にはよく見られます。よく知られる例として、シベリアのシャーマンや、現代も日本のマタギによっておこなわれている、動植物の魂をもてなす儀式などがあります。

「循環」へのまなざし

古くからの自然信仰に根ざした生命循環の思想を、現代の暮らしのなかでは意識することは稀かもしれません。有史以前からの人と自然の関わりに思いを馳せ、現代に生きる私たちが同じ思想を持つことの大切さを、鶴岡さんが教えてくださいました。

先人たちが培った歴史の全てを背負って生きる現代の私たちは、人類の成長の最先端部にいるといえます。ひとりの人が生きてきた時間や、想像の範疇の近未来よりも、遥かに深い知恵と技術と表現の蓄積が、人類の過去にはあるのです。そこには、何万年もの昔から人類が生み出してきた〈芸術〉も含まれます。

医術や科学のように人の生死に直接作用するものではないけれど、芸術が太古から存在し続けてきたのは、生命への祈りや祝福、歓びを表す行為が生きる上で必要だったからこそ。そして、広くユーラシア大陸から日本(ユーロ=アジア世界)にまで共通する、生命循環の思想をわかちあう糸口となるのが「渦巻文様」であり、渦巻文様で装飾された芸術なのです。

例えば、古代ヨーロッパでは、一年のうち最も日照時間の短くなる冬至は〈死の日〉として恐れられました。アイルランドにある「ニューグレンジ古墳」は、冬至の日に太陽への祈りを捧げて過ごすための場所とされています。死者が再生する場所だったとも考えられるこの遺跡には、三つ巴の渦巻文様が刻まれています。

ニューグレンジ古墳に限らず、世界各地で見られる渦巻文様の起源として、古代の人々が蛇の脱皮する様子に「再生」を想像し、とぐろを表したとも考えられています。

日本では、各地の神社の聖域に鹿が生息していますが、「鹿」もまた再生を想起させる生き物です。毎年伸びては生え変わる「鹿角」に、日本人の祖先は途切れない生命循環の様を見て、神の使いとして大切にしたのでしょう。

「異文化との違いを語るより、異文化との共通項を語ることが、これから重要になる」と、鶴岡さんは教えてくださいました。

2011年の東日本大震災以降、死は多くの人にとってより近くに迫る恐れとなったのではないでしょうか。しかし、死は終わりではなく、「死〜再生〜生」という途切れないめぐりの一部なのだと再認識し、過去とともに未来に目を向ける思想の糸口は、先人たちの芸術文化と、生命循環の思想をわかちあうユーラシアや北方の芸術文化に立ち現れているのです。

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◎アトツギ編集室 (Atotsugi Editorialroom)

天野典子、稲葉鮎子、成瀬正憲、吉田勝信による「アトツギ」をテーマに活動するリトルプレス。山形や東京など異なる拠点を持つメンバーがあつまり、2013年に設立。地域の食、手仕事、生業や暮らしの継承などを巡り、「聞き書き」をベースに本・展覧会・旅をつくっている。2013年『アトツギ手帳│庄内の食の継ぎ方』(アトツギ編集室)を出版。展示会に2012年「アトツギ展│山と里、庄内にまなぶ」(世田谷区・生活工房)、2013年「アトツギ展│鶴岡の食の継ぎ方」(TSURUOKA FOOD EXPO 2013)。2013年より山を巡るフィールドワーク「森の晩餐」シリーズを展開する。

◎鶴岡真弓 (Mayumi Tsuruoka)

美術文明史家。ケルト芸術文化、およびユーロ=アジア装飾デザイン交流史研究者。常陸の国生まれ。早稲田大学大学院修了後、アイルランド、ダブリン大学トリニティ・カレッジ留学。処女作『ケルト/装飾的思考』(筑摩書房)で、わが国でのケルト文明/芸術理解の火付け役となる。西はアイルランド、東はシベリア・日本列島まで「ユーロ=アジア文明の生命デザイン」を追跡中。新刊に『ケルト再生の思想│ハロウィンからの生命循環』(ちくま新書)。

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※本稿は、新しい視点でローカルを発見し紹介していくサイト「real local山形」のご好意により、2017年12月13日掲載のイベントレポートを転載させていただきました。
https://reallocal.jp/45591