{ 座談会/対談 }

街を変える本屋「ブックシェルター」という処方箋
ナカムラクニオ(6次元)

宮本武典(キュレーター)
市プロジェクト・ウィークエンド[第1期]のブログラムのひとつとして、昨年10月に開催した「ブックシェルタープロジェクト」。これまでのプロジェクトの取り組みや本を取り巻く今の状況、これからの本と街の関係性などとあわせて、企画・監修を手がけたナカムラクニオさんとともに振り返りました。

宮本:ナカムラさんには、山形ビエンナーレ2014の翌年から、文化庁のアートマネジメント人材育成事業に講師として参加してくださっていますが、本と街をつなぐ活動はそれ以前にもいろいろやられてるんですよね。

ナカムラ:そうですね。2011年から「本と街は似ている」ってコンセプトで、読書会や展覧会など、本を拡張する活動を5年くらい、荻窪にある拠点の6次元だけじゃなくて、日本各地で開いてきました。だから山形ビエンナーレにも自然なかたちで合流できましたね。芸術祭のプログラムとして地元の人たちと本を作らせてもらったのは、個人的にもすごくいい経験になりました。

宮本:山形ビエンナーレ2016では、ナカムラさんの責任編集というかたちで、街歩き小説集『ブックトープ山形』を市民参加型でつくりました。本づくりの活動を通して見えてきた山形の特徴って、何かありましたか。

ナカムラクニオ:山形の人ってすぐには心を開かないというか、親しくしない感じですよね。良い意味でも悪い意味でも「すごく手強いなぁ」っていうのが第一印象。僕みたいなたまにしか来ない人は、なかなか心が通じ合わない。ワークショップが終わって東京に帰っちゃうと、たった一ヶ月くらいで、次に来た時にはまたお客さんからというか、他人行儀になっちゃうんですよね。
でも、本を渡した後、半年後くらいに再会したらちゃんと読み込んでくれていたりって、独特の時間差もありました。だから本を介することで、町の人とつながりを保ってこれた感じですね。本を置いておくと「お帰りなさい」みたいな感じになれるというか。

宮本:本には閉鎖的なコミュニティを少し開いたり、外とつないだりという力があるんですね。

ナカムラクニオ:そうですね。本は腐るわけでもないし、維持費が掛かるわけでもないし、電気も要らないし。だからそういう意味では、今はSNSの時代だけど、逆にアナログな本が、「まだまだいけるんじゃない」って可能性が山形で思えたのは発見でしたね。
あと、このあいだ東北芸術工科大学の1年生が「高校生の時にブックトープ山形を読んで、芸工大に行こうって決めたんです」って声をかけてくれて。そういう人もいるんですよね。だから紙メディアによる地域づくりって、年月が経ってから効果が出てくることもあるんじゃないかって思いますね。

宮本:山形ビエンナーレ2016にあわせてブックトープ山形を出版して、各会場で配布したんですが、開催期間中はとにかく拡散する、たくさんの人にお渡しするので僕らとしては精一杯だったから。持ち帰ってくださった方々も、すぐ読むってわけじゃないんですね。まずはそれぞれの本棚に収まってからジワジワと効いてきた。

ナカムラクニオ:その方が多かったと思いますよ。芸術祭の最中はみんな他の作品を観たりイベントに参加したりすることに集中してるから。宿でも読まなかったと思うんですよね、多分。文庫サイズだし、お土産とかと一緒に鞄に入れっぱなしで。逆にその感じが良かったなぁって僕は思ってますけどね。
「ブックトープをうちの街でもつくりたい」ってワークショップの依頼が、今でも途切れずにずっとあるんですよ。2冊目は松本クラフトフェアとのコラボで出しました。その後も豊橋や高松の人たちと一緒につくってます。東京からも色々オファーがあって、「オリンピックもあるしブックトープ東京をつくろうよ」って何人かから誘われてる。「最近ブックトープ山形を手にしたので」って。僕とか宮本さんとしては「えっ今頃?」って思うんですけど(笑)、山形に限らず、地方における本って、そういうひろがりの遅さがおもしろいなって。

宮本:今年度のプログラムは、テーマが「シェルター」でした。

ナカムラクニオ:そうそう、避難所。なんか今って、東京にいても、東北に旅しても、みんながそれぞれのシェルターを求めている気がするんです。この列島のどこにいたって自然災害はあるし、最近は外国から弾道ミサイルが飛んできたりとかね。そういうモヤモヤした恐怖が常にあると思うんですよね。
震災から7年経っても避難生活を続けている人はまだ多いし、都市から地方へ移住する人も増えている。二重拠点生活ってカルチャーが生まれてきたのは、やっぱり震災以降の不安感からだと思うんですよね。だからこれは本に限らずなんですが、「シェルター」って概念が、現代日本のライフスタイルを語る上で、すごく重要なキーワードになっている気がします。
でも実際のところ、みんなが自宅にシェルターを持てるわけではないので、その代わりになるシェルター的なものを、個々人でまとって生きていかなきゃいけない。そういう最小単位の避難先というか、自分を守ってくれるものとしての本まわりのプロジェクトを、前からやってみたいなぁと思っていました。

宮本:今回ナカムラさんがとんがりビルの3階に開いた仮設書店「ブックシェルター」は、レイモンド・ブリッグズの漫画『風が吹くとき』に出てくるシェルターみたいでしたよね。でも僕自身がブックシェルターで実際に本を読んだり、ワークショップの参加者になってみて感じたのは、地震やミサイルからの防御空間というよりも、今の時代のストレスみたいなものから離れて、自分の拠り所を確保することの切実さというか…。それは物理的な空間のことだけじゃなくて、本を集中して読む時間にも同じシェルター的な作用を見出してくってことなのかなと思いました。

ナカムラクニオ:そうなんですよ。本っていうのはそもそもがシェルターの要素があって、本を読むってことは、人によってはシェルターに入るのと同じだと思ってます。だから一見するとミスマッチなシェルターと本をくっつけたらおもしろいかもと。全ての人が、自分のシェルターとしてのある種の本を持つことは、本の新しい可能性なんじゃないかって提案ですよね。まだ実験段階ですが。

宮本:ブックシェルターの選書は、どういう観点でおこなったんですか。

ナカムラクニオ:選書っていうと、ひたすらお洒落なものを並べちゃうって風潮があると思うんですけど、今あえて雑多な感じで棚をつくりたいって考えてます。なので今回は「サバイバル」をテーマに雑多に選んでみました。金銭的なサバイバルとか、働き方改革とかも含めて。すると結果的にすごく売れたんですよね。僕はそんなに売れると思ってなかったけど。棚にどんどん本を補充する感じでした。

宮本:市プロジェクトは、地方におけるカルチャーの新しい売り方や見せ方を、クリエイターと地域の人が一緒に考えていくプログラムなんですが、お洒落な本を並べるのではなくて、シャルターやサバイバルという切り込んだ設定だったからこそ、地方特有の閉塞感を脱したいという人たちの関心を引いたってことでしょうか。
それから今回は選書して売るだけではなく、暗闇読書会と称して、ダイアローグのイベントを連日やりました。あれはどんな着想からはじめられたんですか。

ナカムラクニオ: 1999年にスイスではじまったブラインドレストランは、未だに世界中にひろがっていますよね。真っ暗闇のなかで食事するっていう、本当にシンプルなコンセプトなのに、人ってこんなに感動し続けられるんだなぁって。それをヒントにはじめたイベントなんですけど。
人って真っ暗闇になると、味覚や時間感覚が変わるんですよ。あと、意識がすごく冴えたり、集中力が増したりね。暗闇読書会は基本的に対話形式で進めていくんですが、終わった後によく言われるのは「自分の本音がわかりました」ってことですね。
今回、参加者のなかに会社を辞めたばかりの人が「本当にやりたいのは料理のメディアをつくることなんです」って話してくれたんですが、ハッキリと口にしたのははじめてだったそうです。暗闇の中で質問されることによって本音や潜在意識が導き出されることがあるんですよ。その人が本当にメディアをつくるかどうか分からないけど、何かそういう自己発見や、背中を押す切っ掛けになれば良いですよね。ある種のカウンセリングになってると思うんですよ、結果的に。
そういう対話型のイベントが普通におこなわれている町っておもしろいと思うんです。アート系のイベントや芸術祭だと、こういう対話型のワークショップに気軽に参加できますよね。参加すればいろんな発見があるじゃないですか。社会の見方、自分の価値観がちょっと変わるような…そういう変化をさりげなく生みだせるのがアートの良いところですよね。

宮本:なるほど。ナカムラさんの6次元もそうですけど、下北沢のB&Bとか荻窪のTitleとか、今おもしろい本屋さんって、ただモノとしての本を置いて売るだけじゃなくて、その人の好奇心に応える学びや体験、コミュニケーションを提供する場になっていますよね。店主が選書した本をベースに、本と人、街と人との出会いや対話を生み出すマネジメント空間になっている。芸術祭における実験的な本屋じゃなくて、リアルに山形にそういうお店が、小さくても一軒あるだけで、街はおもしろく変わってくんじゃないかなって可能性を感じました。

ナカムラクニオ:以前、大型書店でずっと本を売り続けてきたベテラン書店員さんが「結局みんな、薬として本を買いに来てるんですよ」って言ってたんですよ。僕たちはただ文字が印刷された紙束じゃなくて、そこにもっと深く染み込んでる「何か」を買ってるってことですよね。

宮本:電子化していくことによってモノとしての本は、これまでと違った価値や効果に特化していくでしょうね。それが薬とか心に作用するモノになってくるとなると、どんどん美術工芸に近づいてきますね。あるいはアートの方が本に近づいていくかもしれない。

ナカムラクニオ:本を買ったけど読まないで部屋に置いておく、枕元に積んでおくって人は結構多いですよ。アートの本なんかは特にね。それってアート作品を購入して部屋に飾るのと同じことですよね。そんなふうに物質としての本の可能性はまだまだあると僕は思っていて。そういう提案がこの芸術祭から今後も打ち出していけたら良いですよね。

宮本:『ブックトープ山形』みたいにですね。ブックシェルターについても。2017年はまずプロトタイプをつくったという段階で、ほんとうに限られた人しか体験してない。山形ビエンナーレ2018に再展示することによって、「うちの町でもこれやってみよう、これくらいならできるよね」ってひろがっていくと嬉しいです。

ナカムラクニオ:そうなんですよ。みんなが山形ビエンナーレに実際に来られるわけではないから。でもここ3年間、山形に通って本の活動を地道にやっていると「山形、おもしろい本のプロジェクトしてますよね」って他の地方で言われることが確実に増えてますよ。意外と知れ渡ってるなぁって。実際に来たわけじゃないんだけどみんなが知ってるって状態はすごく良いと思いますね。ちゃんと伝わっているってことですから。山形ビエンナーレって、そういうある種のメディアになる可能性がある芸術祭なんだって、時間が経ってからみんながジワジワ気付きはじめているんだと思いますね。

(2018年2月/とんがりビルにて)

ナカムラクニオ
1971年東京都生まれ。荻窪のブックカフェ「6次元」店主。映像ディレクター。全国で実験的な読書会や小説のワークショップなど本にまつわるイベントを企画・運営している。著書に『人が集まる「つなぎ場」のつくり方~都市型茶室「6次元」の発想とは』(CCCメディアハウス)、『さんぽで感じる村上春樹』(ダイヤモンド社)、『パラレルキャリア』(晶文社)などがある。 http://www.6jigen.com

宮本武典(みやもと・たけのり)
1974年奈良県生まれ。山形ビエンナーレ2014・2016・2018プログラムディレクター。東北芸術工科大学准教授。展覧会やアートフェスのキュレーションの他、地域振興や社会貢献のためのCSRや教育プログラム、出版活動などをプロデュースしている。とんがりビルキュレーター、東根市公益文化施設「まなびあテラス」芸術アドバイザー。 http://takenorimiyamoto.jp

 

●市プロジェクト2017「ブックシェルタープロジェクト」

会期:10月14日[土]→22日[日]/とんがりビル「SUANA」
ファシリテーター:ナカムラクニオ
プロデュース:宮本武典
本棚設計・組立:TIMBER COURT
協力:株式会社マルアール
撮影:根岸功